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あきばたまみ オフィシャル ホームページ
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小田鹿島神社と白龍奉納の背景

福島県に鎮座する 

小田鹿島神社 

に、秋葉たまみの代表作である「白龍(全長約8メートル)」は、2019年8月1日に奉納された。

この神社の御祭神は、勝負運の神として知られる 

武御雷神 

である。 


【武甕槌の写真 Wikipediaから】

武御雷神は、日本神話「国譲り」において、 

天照大神 

の意を受け、地上を治めていた 

大国主命 

のもとへ交渉に赴いた神である。 


稲佐の浜 

に降り立った武御雷神は、剣を波に突き立て、その上に静かに座して国譲りを求めた。 

その圧倒的な覚悟の姿により、争うことなく国は譲られたと伝えられている。 


この神話は、「真の勝負とは力ではなく、覚悟によって成される」という精神を象徴している。 


【武甕槌AI写真】

⚫︎要石と“龍の心臓”という象徴

小田鹿島神社には、「要石(かなめいし)」と呼ばれる地震を鎮める霊石が祀られている。 

これは 

鹿島神宮 

など、全国でも限られた重要な神社にのみ存在する貴重なものである。

 

2011年の 

東日本大震災 

において、この地が完全な壊滅を免れた背景には、この要石の存在があったのではないかと語られることもある。 


【要石 Instagramより】

また、日本列島を一体の「龍」として捉える見方も存在する。 第二次世界大戦中、アメリカ軍が描いた日本地図が龍の形をしていたという逸話もあり、その見方に重ねると、福島は龍の胸、すなわち“心臓”の位置にあたる。 


龍は本来、人や大地を守る存在であり、その強い想いは大きなエネルギーとなる。 

要石とは、その鼓動のような力を鎮め、均衡を保つ存在である── 


これは文献に基づくものではないが、そうした象徴的な解釈が、この神社の存在にさらなる奥行きを与えている。 


【この画像は 1942年に公開されたフランク・キャプラ監督によるアメリカのプロパガンダ映画シリーズ『我らはなぜ戦うのか(Why We Fight)』の第1話「戦争の序曲(Prelude to War)」の一場面】

⚫︎黒龍と白龍 ― 二つの時代を結ぶもの

小田鹿島神社の本殿には、すでに一体の「黒龍」が奉納されている。 

その起源は、江戸時代、 
天明の大飢饉 の時代に遡る。
 
飢饉に苦しむ中、地域の人々はなお神を敬い、資金を出し合って老朽化した本殿を建て替えた。 
その折、旅の画家が訪れ、「それならば」と一体の龍を奉納したと伝えられている。 

画家は神社の近くに滞在し、木板に墨で黒龍を描き上げ、本殿内に納めた。 本殿が閉ざされた後、その姿は誰にも見られることなく、代々の宮司ですら目にすることはなかった。 

ただし画家は、内部に描いた龍の姿を伝えるため、頭部のみを別の板に描き残しており、その一部だけが現在も外から見ることができる。 

時を経て、社殿の補修が必要となり、本殿が開かれた際── そこには、とぐろを巻き、静かに鎮まる黒龍の全身が現れた。 

誰一人として見ることのなかった龍が、約200年の時を超えて姿を現した瞬間であった。

 【小田鹿島本殿の写真  Instagramより】

⚫︎時代を超えた呼応

さらに、この黒龍奉納の時代には、 
光格天皇 によって記された社額(「鹿島神社」と書かれた扁額)が奉納されている。 

光格天皇は、生前に位を譲る「譲位(尊号一件)」を行った天皇として知られる。 
そして約200年後、現代においても、 上皇明仁 が同様に生前退位を行っている。
 ・天明の大飢饉 
・譲位という大きな時代の転換 
・黒龍の奉納 

そして約200年後── 

・東日本大震災、あるいは世界的な災厄(コロナ禍) 
・再びの譲位 
・白龍の奉納(2019年) 

これらの出来事は、時代を超えて不思議な呼応を見せている。 

【光格天皇 Wikipediaより】

白龍が担うもの

黒龍と白龍。 

陰と陽のように対をなす二つの存在。 


小田鹿島神社は、この両方が揃うことで、 

大地のエネルギー、時代の転換、人々の祈りを受け止め、調和させる場所となっている。 


秋葉たまみの白龍は、単なる作品ではなく、 

過去から受け継がれてきた祈りと、これからの時代への願いをつなぐ存在として、ここに奉納されている。